特別対談
女性活躍社会とWEリーグ
金田喜稔 × 岡島喜久子


9月12日に新たに開幕した日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」。海外の外資系金融機関で長年に渡って活躍をしてきた異色の経歴を持ち、選手として自らもプレーし、時には裏方としても日本サッカーの下支えをしてこられた岡島喜久子氏が、そのWEリーグ初代チェアに就任した。同世代である金田喜稔が、共に日本サッカーの歴史を振り返り、今後あるべきサッカーの未来について語り合った。


 

金田 岡島さんはチェアに就任される以前、金融業界でご活躍されていたとのことですが、サッカーはいつからやられていたんですか?


岡島 私は中学からサッカーを始めて、FCジンナン(当時の草分け的名門女子サッカークラブ)でプレイしていました。FCジンナンが日産FCレディースになったときも在籍していまして、当時の監督は鈴木 保(すずき たもつ)さんでした。

 

金田 たもっちゃんは随分長く女子サッカーの指導に取り組まれていたよね。懐かしいな。ところで岡島さんは二足の草鞋で選手もやりつつ指導者としての勉強もされていたとお聞きしました。


岡島 女性の指導者って当時ほとんど居なかったんです。「誰も居ないのなら私がやる!」と自ら買って出ました。私は昔からそういうメンタリティーでなんでも能動的に行動するタイプなんです(笑)。東京都サッカー協会主催のリーダースクール(現公認D級コーチ養成 講習会) を受講したのが、高校一年生のときです。当時、私が最年少で女性の受講者はいなかったと思います。18歳にならないとライセンスはあげられないけどと特例で参加させてもらったんですよ。そこで元日本代表監督の折井孝男さんとの出会いがありまして、折井さんには色々とお知恵をお借りしました。そして、当時私は大学生ながら、日本女子サッカー連盟が設立するタイミングで初代理事メンバーに入ったんです。


金田 そんな経緯があったとは驚きました。その辺のメンタリティーは鍛えてできるものじゃないですよ。岡島さんの生まれ持った資質だなと改めて思います。
 

岡島  いえいえ、2018年に行われたメキシコ・オリンピック50周年記念パーティーの際にキンタさんに声をかけていただけなかったら、女子サッカーのプロ化を手伝おうと当時思ってもいなかったですし、WEリーグのチェアにもなっていなかったかもしれません。


金田 あの時、村井満チェアマンをご紹介したんだよね。その後は自らWEリーグ発足の働きかけをされたんですか?
 
 
 

岡島 あの当時、私はまだアメリカに住んでいたのでアメリカに一旦帰国しました。その次に日本に来た時にJFAの方に女子サッカーをプロ化する計画があるという話をお聞きしまして、まず私のお役に立てることとしてパートナー企業集めの手伝いを申し出ました。WEリーグ代表理事のお話が来たときにも、私は即答でお受けしました。

金田 これまでのご経験からも適任だと思いますよ。岡島さんは早稲田大学時代に、交換留学でスポーツ医学を学ぶために渡米されていますよね。その多感な時期にアメリカから受けた影響っていかがでしたか?
 

 
岡島 勉強は大変だったんですが、秋のシーズンからアメリカでもサッカーをやり始めました。私がFCジンナンで練習していた頃は、練習場所がないですから河川敷の土のグラウンドでサッカーをやっていました。土でドロドロになった後、1時間半くらいかけて家に帰るというような環境でしたが、アメリカでは住んでいる寮から徒歩5分のところに天然芝のグラウンドがあって思い切りサッカーをプレイできました。嬉しかった反面、環境の大きな差に本当にショックを受けました。
 
 
金田 あの時代、日本のサッカー界が見ていたのは西ドイツのサッカーだったので、アメリカのサッカーというのはあまり視野に入ってなかったと思うのですが、当時からそういった女子サッカーの環境があったというのは驚きですね。アメリカと言えば、昔、サンディエゴでディズニージュニアカップという大会が開催されて、宮間あやも居たチームの総監督として引率したことがあるんだけど、その時もグラウンドはもちろんサッカーをする環境は非常に良かった印象があります。ハワイにも天然芝のピッチが23面もあるようなワイピオ・サッカー・コンプレックスという施設があって、そこで毎年シニアサッカーの大会が開催されて、男子はもちろん女子もたくさん出場しているのよ。アメリカのスポーツ文化のスケールの大きさを感じました。


岡島  アメリカは1972年にTITLE Ⅸ(タイトルナイン)という法律ができました。「教育の場面で男子と女子と同じだけのお金を使わなくてはいけない」という内容です。アメリカンフットボール、バスケットボールは大学がものすごくお金を集めてくるんです。スポーツ専門局ESPNという1局だけで、大学一部リーグに1年間900億円の放映権料が入り、それを参加している大学が分けるのですが、TITLE Ⅸに基づいてその放映権料を女子に半分使わなければいけないんです。
 TITLE Ⅸが制定される1972年以前は、女子は体操やテニスなどの個人競技が中心でしたが、それだけだとお金が使えないからとサッカーやラクロスのチームを作るようになったんですよ。だから女子でもちゃんとサッカーが上手になれば、大学の奨学金がもらえるんです。アメリカは大学の学費が非常に高く、今でも1年間600万円から700万円かかると言われているんです。もちろん他にも奨学金があるので莫大な学費を払う家庭ばかりではないのですが、奨学金によって4年間学費がかからないというのは親にとって大きいので、目の色を変えて子どもをサッカー場に送り迎えするような状況が生まれるんです。そのような状況もあってアメリカのスポーツはすごく裾野が広いです。アメリカの女子サッカー人口は160万人から200万人とも言われています。 
 
 
金田 1930年の第1回ワールドカップって実はアメリカが出場していて3位になっているんですよ。実はアメリカのサッカーってすごい歴史があって、たくさん学ぶところがあるんだろうなってすごく思っています。日本とアメリカは様々な文化も違いますから、WEリーグになんでも取り入れられる訳ではないかもしれませんが、良いところは取り入れながら発展していかなきゃいけないと思います。日本の女子にもWEリーガーに憧れを持ってもらって「WEリーガーが夢の職業」みたいになる為に、どのように展開しようとされていますか?

岡島 選手とも話をしているんですけれども、まずは選手が子どもたちを教える環境をどんどん作っていくことが大事だと思います。コロナ禍の状況もあってまだまだ実現できていないこともありますが、WEリーグのパートナー企業であるダイハツさんが、各都道府県にある販売会社を通じて女子サッカー教室を開催し、女子にサッカーを教える機会を広げていこうという計画があります。子どもって実際に触れ合った人に影響を受けたり、憧れを持つじゃないですか。子どもと直接触れ合う機会をどんどん作って欲しいと思っています。 


金田 女子に限らずですが、土日って小学生も中学生も全国どこでも自分のチームの練習や試合をやっていて、Jリーグの試合を観戦できないことってすごく多いじゃないですか。 例えばWEリーグの前座あるいは後座で女子サッカースクールをやったり、プロのゲームの観戦者を増やす施策も同時に是非実現させて欲しいですね。
 

岡島 先日、大宮アルディージャVENTUSの試合で、地域のサッカー少年団の卒団式を試合前にやってもらったんです。小学校低学年から高学年までの男子選手にもWEリーグの試合を観てもらう機会を作れました。女子に限らず男子にもどんどんWEリーグを観戦して欲しいです。 
 
金田 女子サッカーだから女子が観るものではないですからね。今、WEリーグには11チームが加盟していますが、今後は何チームまで増やすのですか?

 


岡島 まずは、偶数である12チームにしたいと思っています。これにはお金の問題がついてきますが、一番難しいのがスタジアム基準です。昨年参入審査をしたのですが、5000人収容のスタジアム、ナイター設備が必要といったようなハード面の他に、15人のプロ選手を雇って経営していけるかどうかといった財政基盤の課題があります。そうすると、今のなでしこリーグのチームにとっては参入ハードルがかなり高い。なので、Jリーグのクラブにも女子チームを作ることをアプローチしていきたいです。将来的には、1部・2部制などで昇降格ができる規模のリーグになっていきたいと思います。
 
 
金田 確かにプロスポーツでは昇格降格が懸かると盛り上がるよね。
 
 
岡島 やっぱりずっとクローズな環境だと選手やチームのモチベーションに影響してしまいます。もちろん意図してアマチュアに残るチームもあると思うんですけれども、ともすると草刈場のような環境になってしまいます。


金田 ところで、岡島さんは金融業界でどのようなお仕事をされてこられたんですか?また、当時の金融業界はどのような状況でしたか?

 
岡島 国際証券という証券会社で株のステルストレーダーをしていました。お客様は外国の証券会社、外国の投資顧問のファンドマネージャーです。非常に専門的な知識が必要とされる立場でしたので常に勉強が必要でした。当時、海外のクライアントがなぜ日本の証券会社と話をしたいかというと、当時は日本の一般的な企業が自社のお金で株を購入し運用することができました。企業は株式市場で非常に安い金利でお金を借りることができて、普通に債券を発行するだけでなくワラントとか転換社債とかそういったオマケをつけて、ゼロ金利とかマイナス金利でお金を借りたほうが得という状況でした。会計上、特定金銭信託といって現金扱いだったので、すごい量のお金が株式市場に入ったんです。のちにバブルと呼ばれる現象ですが、それを心配した当時の金融庁と日銀が不動産の総量規制を行なって融資を調整しました。つまり、企業にお金を貸さないようにしました。そうして一般の企業も株式に入れていたお金を引き上げ始めるのですが、その当時三菱銀行が三菱商事の株を5%、三菱商事は三菱重工の株を5%、三菱重工は三菱銀行の株をと、5%ずつみんなが株を持ち上げていたんですが、それをみんな一斉に辞め始めましたので、これは株式市場からとんでもない額のお金が出ていくだろう、日本株はもう絶対ダメだと察知したんです。その時に国債証券の子会社があるシンガポールへ転勤になってたんですけれども、そのタイミングで当時お付き合いをしていた男性と結婚したんです。日本株に対しての引き際の判断は早かったです。


金田 当時、日本は海外からの圧力もあったのかもしれないけれど、せっかく伸びた日本のマーケットを閉じるような外圧と戦えないのか、それが戦後のカタチなのかはよくわかりませんが、あれだけ上手くいっていた日本が衰退していくのを憂うし、国民から選ばれた政治家や官僚がコントロールしてもらいたいと思うね。もう給料も上がらず30年デフレが続いている。アメリカのような大きいスポーツ産業になるのはなかなか大変な道のりかもしれませんが、日本も作らなきゃいけないわけです。将来的に何年かかっても。僕は現役をちょうど91年に辞めた後NHKで解説をしていて、プレミアリーグが92-93年シーズンから始まって、その後Jリーグが93年の同じようなタイミングではじまったんですよ。当時はマーケット的にほぼ同規模だったはずなんですよ。もちろんヨーロッパだからっていうのもあるけど、今のプレミアリーグのマーケットと比較したらリーグと大きな開きがあるでしょ。
 

岡島 スポーツベッティングは将来的に日本に導入されたらそこそこ可能性はあると思います。アメリカではスポーツベッティングが独立行政法人化してきていて、何十兆円規模の巨大産業と言われています。ベッティングが始まれば、サポーターはそのクラブの支援ができ、クラブの収入源になります。日本でベッティングが合法化されれば、WEリーグでも検討をしたいと思っていますが、WEリーグの抱える課題点は、現在1,800人弱の観客数です。


金田 なるほど。さあ、どうやって増やしますか?
 
岡島 
日本代表のOB選手、JリーグのOB選手なども巻き込んでいかないといけないと思っています。今度JリーグとWEリーグのダブルヘッダーがあります。Jリーグの試合終了2時間後にWEリーグの試合が始まります。チケット一つで両方の試合が観戦できるのですが、ではJリーグの試合後の2時間をどうやってスタジアムに残ってもらうか、どうやってJリーグのファンに観てもらうかと言ったら、やっぱりJリーグの選手やOBがアクティビティに協力してもらえると嬉しいです。
 
 

金田 以前、ハワイでバスケットボールの試合を観戦したことがあるんだけど、ハーフタイムショーとかの盛り上がりは断然凄いよね。競技時間外にかけるサービス精神には圧倒された。競技内容以外にも色々な工夫が必要だよね。
 
 

岡島 アメリカの女子プロサッカーリーグ(NWSL)のドラフト会議があるんですが、すごいショービジネス化しています。音楽がガンガンかかる中、ドレスを着た選手がステージに登場し、選ばれたチームに対して自分がどうやって貢献するかみたいなことを話すわけですよ。ものすごい盛り上がりです。
 
 

金田 なるほどね。アメリカは「スポーツ文化世界一は絶対譲らんぞ」みたいな精神持っとるやん。興味を惹きつける術というのは、本当に学ぶべきことが多いかもね。
 
 

岡島 大学のアメリカンフットボールの試合で10万人のスタジアムが埋まるんですよ。だから放映権料が入ってきてさらにそれを女子が使ってくれるっていうサイクルができていますよね。キンタさんが中央大学の時っていかがでしたか?
 
 

金田 西ヶ丘なんて観客おらんかったわ。
 
 

岡島 私、西ヶ丘によく試合を観に行ってたんですよ。雨が降るとスタジアムにある小さい屋根の下に集まって、観客全員濡れないで試合が観れちゃうような感じでしたね。
 
 

金田 国立に何万人って入場したイベントはポツポツあったけど、通年日本リーグは埋まってなかったし、観客はほぼ身内だったからね。今のように環境が整備されていなかった中、当時から岡島さんは少ない女性でよくサッカーを続けてこられたね。
 
 

岡島 好きだったから。好きで好きでしょうがない。年間百試合以上観戦してましてたから。私が高校三年生の時、松本暁司(まつもと ぎょうじ・元浦和南サッカー部監督)先生に頼まれて、浦和南が優勝した高校サッカー選手権決勝戦のスコアをつけていたんですよ。
 


金田 幸三がいた試合でしょ?そういう意味の下支えじゃないけど、スコアラーとしてもサッカーに関わってくれたっていうのを聞けて嬉しいわ。
 
 

岡島 他にも国立競技場で行われた試合で場内アナウンスをしていたこともあります。
 
 

金田 例えば木村和司の女房もそうだけど、選手ではなかったけどサッカーが好きで大学や日本リーグの試合を応援してくれていた女子グループみたいなのが昔あったんですよ。先日栃木で行われたシニアサッカーの大会に参加した時に、僕が学生の頃からサッカーを応援してくれている女性と会場で偶然会ったんですよ。僕が学生の頃からもうかれこれ40年以上スタジアムに足を運んでくれているわけですよ。個人的にはJFAから最大の功労者賞をその女性に渡して欲しいと思うくらい。僕らが名蹴会を立ち上げたのも、釜本さんやさらにその上の世代の方々がいて、その延長線で僕らもサッカーできて、さらにその延長線に93年のJリーグが始まってっていう縦軸があるわけよ。そういうヒストリーをみんなが共有して尊重し合いながら、今サッカーをやらせてもらえることへの感謝の気持ちを持てるようになれたら、日本のサッカーってもっともっと発展していくと思う。

 

岡島 WEリーグもキンタさんのような代表OBやJリーグのOBの方々に応援していただけると嬉しいです。女子サッカーは男子サッカーと全然違う魅力があります。例えば女子の試合はイエローカードもほとんど出ませんし、審判に文句を言うことも少ない。子どもを連れて来ても安心して観戦することができます。
 
 

金田 そのフェアプレーさは日本にいるから全然気づかないけど、実はすごいことなんだよね。
 


岡島
 男子の弱い版とか遅い版という風に見られがちですがそうではありません。しなやかさやパスを丁寧につないだプレーをはじめ、女子は女子なりの男子とは違う魅力があるんです。そういった点も、Jリーグで目の肥えた方々たちに観て欲しいなと思います。プロ化したことで選手に時間が生まれたので、午前中の練習に加えて個々が自主トレをする機会も増えたようです。同時にマッサージなど身体のケアをする時間もできました。ここ最近の選手達は特に体幹がすごく鍛えられた感じがして、全体的にプレーの強度が高くなった気がします。2011年、なでしこジャパンがワールドカップで優勝できたのも、パスをつなぐとかテクニックの部分が大きかったと思うのですが、最近ではフィジカルの部分もだいぶ上がってきたと思います。2024年のパリオリンピックも代表チームには期待しています。

金田 そうだね。澤穂希さんのようなスターは求めても出てはこないけれど、すごいプレイヤーが出てくるのが楽しみだね。先日の皇后杯でメニーナの試合を観たけど、素晴らしいプレイだったし、今後ものすごい可能性を秘めていると思うよ。ああいう才能ある選手たちが、どう邪魔をされずにちゃんと育てられるかっていうことにすごく興味があるな。女子サッカーの楽しみが増えましたね。 
 


岡島 女子もちゃんとシニアがありますからね。神戸にはオーバー50の女子チームがあるんですよ。INAC神戸レオネッサの試合前に、オーバー70の男子とオーバー50の女子で試合をやるということも面白いかもしれませんね。
 

金田 じゃあわしが70の方に参加するから、岡島さんは50の方入って試合しようよ。ニュースになるよ。トップリーダーが動くことが大事だよ。(笑)
 
 

岡島 わかりました。楽しみですね。今アジアの女子サッカーが凄く盛んになってきたんです。背景には、FIFAが全ての加盟国を対象に、女子の強化や普及に対して補助金を出すようになったことがあります。アジアでも女子サッカーを頑張らなきゃっていう国が増えたんですが、女性の指導者が足りないわけですよ。国によっては、文化的に選手の親御さんが女性指導者を希望されることがあります。ですからアジアでサッカー先進国である日本に対して、女性の指導者を派遣してほしいという要望がすごく多く寄せられています。 
 

金田 なるほどね。WEリーグの現役後は、アジアでの指導者の道もあるというセカンドキャリアも応援していけたら良いね。
 
 

岡島 1年でも2年でも全然住んだことのない国に行って生活をして指導者の勉強をすれば、すごく経験が広がると思いますし、その経験がまた日本に帰ってきてからも活かせると思います。元日本代表の本田美登里はウズベキスタンで女子代表監督をしているんですよ。
 
 

金田 ウズベキスタンに行ってるの?本田美登里は、昔から優秀だなと感心しています。そういった代表OGである彼女の挑戦は日本サッカーの発展にとっても本当に大きいね。
 
 

岡島 WEリーグの参入基準には、意思決定者に女性を一人入れること、各クラブに必ず50%以上の女性スタッフをおくことを明記しています。できたら選手が引退してもそのクラブで仕事ができるようにクラブが受け皿になるのが望ましいと考えています。WEリーグ所属クラブのうち女性監督はまだ一人、クラブの社長も全員男性、勤めている人もやっぱり男性の方が多いですよね。サッカーの現場で活躍する女性がもっと増えるように意識していきたいです。 
 

金田 選手はもちろん、指導者もクラブスタッフもどんどん女性に活躍していってもらいたいですね。女子の育成年代についてはどういった課題がありますか?
 
 

岡島 小学校で男子と試合や練習をしてきても、中学生になった途端に試合をする場やチームがなくなっちゃうので、そこを課題に感じています。また、今年、国体で少年女子の部(U-16)が創設されるので、中学生年代のチームが増えてほしいです。中学校の女子チームが圧倒的に少ないのです。 
 


金田 子どもの数が減っている中でスポーツをする女子の数も減っていくし、それに併せてどんどん女子の身体能力が下がってきてしまう。それを食い止めることは何かできないかな 。
 
 

岡島 女子スポーツの関係者と一緒に話をしているんですけれど部活二毛作というものを構想しています。学校の教師達の働き方改革もあって、部活動も減少傾向にあるようなので、サッカー単体ではなく、例えばバスケットボールとサッカー、文化部とサッカーといったように、他競技などと連携してサッカーを行う機会や競技人口を増やしていきたいという発想を持っています。 
 


金田 それは面白いね。親御さんなんかもどんどんやっておいでっていう話になると思うよね。
 
 

岡島 アメリカでサッカーをしていた頃、サッカーは3シーズンあってシーズンが終わったら他に何をしていいか分からなかったのですが、同じサッカー部の友人がラクロスを勧めてくれたんですね。それで冬の間に室内でラクロスの練習していたんですが、1チーム11人でゴールキーパーもいて、フィールドのセンスがサッカーと似ているんです。違う競技にチャレンジすることで学ぶことも多かったのです。
 
 

金田 そこもまたスポーツ大国アメリカで好循環が生まれているよね。
 
 

岡島 アメリカの大学の体育会の素晴らしい点も色々わかりました。例えば学生でも選手は洗濯しなくてよくて、ユニフォームは毎回洗濯されたものがロッカーにかかっているんです。日本の女子チームは選手自らが洗濯をしているチームが多い。WEクラブにもホペイロとして働く人が増えることを期待しています。選手にプロになって何が一番嬉しかったか聞いたら、「自分で洗濯しなくてよくなったこと」と言う選手も居ましたね。
 
 

金田 わしも昔ドイツのケルンに行った時、ロッカーにユニフォームが掛かっててシューズも磨いてあって、なんじゃこれと思ったんですよ。プロ選手になるとそうなれるというのは、子どもが見たときに憧れに繋がるしね。
 
 

岡島 やはり選手のプロ意識を育むことは大切です。クラブ側の事情もありますが、現場の選手やコーチの待遇をより改善していけたらと思います。 
 


金田 サッカーが今ほど注目されていなかった時代からサッカーをプレイして、指導者としても学んで、裏方でサッカー協会の下支えをされてこられた岡島さんがWEリーグのチェアになったというのは本当に感慨深いし、さらに金融業界でバリバリ経験を積んでこられて得た知識も活かすことが出来て、まさになるべく方がチェアに就任されたんだなと。そのような方が女子プロサッカーの未来を築く大事なポストに就いて頂けたのは、サッカー界の人間としてありがたいです。何より岡島さんのサッカーに対する熱い想いを今日こうして感じることができて良かっです。
 
 

岡島 是非、名蹴会の皆様もWEリーグを応援してください。
 
 

金田 是非ともです。お互いに頑張りましょう。



 
interview by HARA Sunao
photograph & text by SATO Shogo




 


PROFILE

岡島 喜久子 OKAJIMA Kikuko
生年月日 1958年5月5日
出身地 東京都(1991年から現在までアメリカ・メリーランド州に在住)

■最終学歴
1983年 早稲田大学商学部 卒業

大学2年時、Ohio Wesleyan University(アメリカ)に 1年留学・スポーツ医学、コーチング学を専攻

■職歴
1983 年 ケミカルバンク(現 JP モルガン・チェース銀行)東京支店
1988 年 国際証券(現 三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券) 
1990 年 子会社のコクサイシンガポールマーチャントバンク(シンガポール) 
1991 年 First National Bank of Maryland(アメリカ)
1999 年 Riggs Bank(アメリカ)
2004~2019 年 メリルリンチ(アメリカ) 
前 The Women’s Board of Johns Hopkins Hospital- Board Member 前 Calvert School - Board Member
前 メリーランド神奈川姉妹州委員会 委員長
前 神奈川県国際政策アドバイザー

■サッカー歴
1972 年 中学 2 年時に中学校の男子サッカー部に入部。その後 FC ジンナンに入会
1974年 高校1年時、東京都サッカー協会主催のリーダースクール(現公認D級コーチ養成 講習会)を女性として初めて受講
1977年 海外で開催された国際大会「第2回AFC女子選手権」にFCジンナンが単独チームで参加
1979年 日本女子サッカー連盟設立時に初代理事メンバーに就任
1983年 日本女子代表チームのメンバーとして広州女子国際大会に登録
1984年 日本女子サッカー連盟の事務局長に就任
日本女子代表チームのメンバーとして西安招待国際女子大会に登録
1996 年 アトランタオリンピックでサッカー日本女子代表チームのスカウティング業務をサポート
2021年 WEリーグ初代チェアに就任


 

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